観光

飯野エリア

えびの市の北東にあり小林市と市境を接しています。名将島津義弘が30歳から56歳までの26年間過ごした地であり、島津ゆかりの史跡が随所に残されています。享保時代に整備された灌漑水路が走る飯野平野では「えびの米」で知られるヒノヒカリを栽培。田圃の畦では表情豊かに豊作を願う田の神さぁたち。澄んだ渓谷美を誇るクルソン峡や桜や藤など花の名所として知られる八幡丘公園、また県指定天然記念物の大イチョウなど、のどかな町のなかに数々の見どころが点在しています。

飯野エリアマップ

クルソン峡(くるそんきょう)

クルソン峡(くるそんきょう)

川内川上流にある延長約10kmの峡谷で巨大なクルソン岩がそそりたつ。クルソンとはお釈迦様になる前の仏陀の名で、かつて山伏達が修行を積んだ霊地と伝えられる。夏場は水遊びやキャンプ、避署に訪れる観光客も多く、秋は紅葉が色鮮やかに渓谷を彩る。

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狗留孫大橋(くるそんおおはし)

五日市からクルソン峡へと続く県道から望める。全長325m、橋高70.5mのスマートな橋は橋桁の内部が空洞になった箱桁構造。蛇行する川内川の流れを大きくまたぐ長い橋を渡ると広い空や緑の山々が目の前に広がる。

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狗留孫大橋(くるそんおおはし)
毘沙門の滝(びしゃもんのたき)

毘沙門の滝(びしゃもんのたき)

国道221号線からクルソン峡に向かう途中にある。滝の名は延宝年代にこの地にあった毘沙門寺に由来。柱状節理の切り立った岩盤から流れる滝を木々の緑が包み込む。滝壷の深い水色は季節毎に変化し微妙な表情を見せる。奇岩巨岩が横たわる滝の上には遊歩道が整備されており滝の下とはまた違う趣がある。

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めがね橋

昭和3年に架けられた石造りの3連アーチ橋で正式名称は「月の木川橋」。全長58.2m、橋高17.2m、木材でやぐらを組んだ基礎に50cm角の石を積み重ね、アーチの中央には五角の石を組み込んでいる。木材搬出用であったが現在は人だけしか通行できなくなっている。国登録有形文化財。

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めがね橋
享保水路太鼓橋(きょうほうすいろたいこばし)

享保水路太鼓橋(きょうほうすいろたいこばし)

めがね橋の上流300mにある県内最古の石造りのアーチ橋。正式名称は「享保水路太鼓橋」といい、享保の時代に飯野平野の水田に水を引くために造られた。全長58m、幅員8.8m、橋の中央には1m幅の細い水路が走っている。台形を2段に重ねた石橋の構造は国の登録有形文化財に指定されている。

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八幡丘公園(はちまんがおかこうえん)

JRえびのいいの駅北東にある標高400mの八幡丘山頂とその周辺。花の名所として知られ春は650本の桜が咲き誇り、山頂までの並木道を花のトンネルが美しく飾る。展望台からは霧島連山の一部やえびのの町を一望。公園内には馬頭観音を祭った「相馬神社」があり5月には祭礼が行われる。

ライトアップ

(期間:3月下旬~4月上旬)
園内に設置されたぼんぼりに明かりが灯り幽玄の世界を照らし出す。

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八幡丘公園(はちまんがおかこうえん)
八幡丘公園(はちまんがおかこうえん)ライトアップ
木崎原古戦場跡(きさきばるこせんじょうあと)

木崎原古戦場跡(きさきばるこせんじょうあと)

元亀3年(1572)南九州の覇権をかけて伊東義祐と島津義弘が戦いを交えた場所。南九州の関ケ原とも云われた激戦で、伊東氏3000の兵に対し島津氏がわずか300の兵で勝利を収めた。両軍の戦死者は800人にものぼり。この戦いを機に伊東氏は衰退の一途を辿る。

木崎原古戦場跡(きさきばるこせんじょうあと)

三角田

伊東勢の進撃を受け手勢を立て直した島津が、反撃をかけ勝利を収めた地。

木崎原古戦場跡(きさきばるこせんじょうあと)

六地蔵塔

島津氏が両軍戦死者の供養に建てた供養塔。戦の後は敵・味方の区別なく手厚く供養した。

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大河平のつつじ(おこびらのつつじ)

小林市との市境にあり大河平小学校の正門側にある。道路沿いを100m に渡り見上げるほどの樹高のキリシマツツジの生垣を濃い朱色の花が覆い尽くす。室町時代から江戸時代にかけてこの地を治めた大河平氏の屋敷跡で、この独特の花色は戦国時代、合戦に敗れた氏族達が流した血の色とも云われ「血潮ツツジ」とも呼ばれている。見ごろは4月下旬~5月上旬。

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大河平のつつじ(おこびらのつつじ)
出水観音(でみずかんのん)

出水観音(でみずかんのん)

出水地区にある観音堂で建立は今から1000年ほど前。子宝にご利益のある観音さまとして知られ小石を一個いただき子供が生まれたら二個返すという風習が残っている。お堂の前には霧島山系の地下水がこんこんと湧き出る美しい池があり隠れた名所となっている。

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飯野の大イチョウ

島津義弘が病で亡くなった長男鶴寿丸の供養に植えた供養樹で市役所飯野出張所の敷地内にある。江戸時代には地頭仮屋(役所)が置かれていたが明治には小学校として改称。その後、西南の役で戦火に遭いイチョウも幹の一部が焼けてしまうが今なお健在。秋には巨木に茂るその葉が眩しい黄金色に染まる。県指定文化財。

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飯野の大イチョウ
亀城公園【飯野城跡】(きじょうこうえん いいのじょうし)

亀城公園【飯野城跡】(きじょうこうえん いいのじょうし)

川内川や飯野一帯を望む小高い丘の上にある。永歴元年(1160)に当時の領主であった日下部重貞が築城。断崖と谷に囲まれかつては強固な山城であったという。永禄7年から26年間、島津義弘の居城となるが元和元年の一国一城令により廃城。その後本丸・物見曲輪を整備し現在の公園となる。

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陣の池(じんのいけ)

田代地区の山際にある2つの湧水池。池の名は戦国武将が池のそばに陣を構えたことに由来。水路沿いの道を上流に行くと右手奥に大池、左手のさらに奥に小池がある。水底まで見える青く澄んだ水を湛え、池を囲む木立の緑と相まって神秘的な美しさを漂わせている。

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陣の池(じんのいけ)